飽きのこない、ちょうどいい。
普段使いの上質が暮らしを変える。
美しい箸使いへの、
憧れと劣等感のはざまで
箸使いの綺麗なひと。大人に贈る最上級の褒め言葉のひとつではないでしょうか。この言葉には、食事の作法だけではなく、箸を用いるひとの、凛とした佇まいと暮らしぶりへの敬意も含まれているようです。だからこそ、言われたひとは素直に嬉しい。
とはいえ、箸使いという言葉を聞くと、ひとは無意識にしり込みをしたくなります。
それは、かつて食事の席で味わった、苦い記憶のせいかもしれません。
つまもうとすると小鉢のなかで左右に転がる豆や、汁椀を浮遊しながら箸先をすりぬける、なめことの格闘に気をとられ、前かがみの姿勢のまま、視線を器から外せない。皆の話題に入りたくても、相づちを打つだけで精いっぱいで、しまいには箸を上手く扱えない自分に腹が立ってくる……。
日本中いたるところで、このような事件は日々起きているでしょう。当事者となってしまった方には、「手先の不器用さが、粗相をする原因とは限りませんよ」とお伝えしたい。

「用の美」を支える
職人の技Ⅰ 削りだし
つまむ・すくう・はさむ・くるむ・ほぐす・さく・のせる・はがす・切る・押さえる・運ぶ・混ぜる。なんと箸は一膳で、およそ12の機能を果たします。
スプーンやフォークのように機能別で分かれているカトラリーと比べると、箸は箸本体の備える機能性の高さを、使い手側が問われる道具でもあります。
では、どのような箸を、良い箸とみなすのでしょうか。
大まかな判断基準をあげると
・持ちやすさ
・箸さばきの良さ(使いやすさ)
・見た目の美しさ
になります。
これらを体現する箸のひとつが、箸マニアの方々にも高評価を得ている五角形乾漆箸(ごかっけいかんしつばし)「所作」です。
まず目にとまるのは、鋭角のきわだつ箸の形状です。
この五角形のフォルムに、意味があります。
奇数の角数の箸は、箸を持つ指も三本と同じ奇数であるために、指が箸の面におさまりやすい性質を持ちます。だから、持ちやすく、手になじむのです。
実は五角形の箸は、機械では成形できません。
一膳ずつ、職人が手作業で削りだして形をつくりあげています。
箸を置くと、角が上を向き浮かびあがる一筋のライン。それは、箸の端正さを醸しだす意匠であり、熟練した職人の培った手の感覚から生み出された、確かな手仕事の証でもあるのです。

「用の美」を支える
職人の技Ⅱ 乾漆(かんしつ)
輪島塗の箸が持つ底深い艶は、下塗・中塗・上塗と、漆を塗り重ねては研ぐ工程で獲得した耐久性を物語っています。
ひと言で表すなら、「剥げにくくて丈夫」でしょうか。
さらに、「所作」は、通常の仕上げの他に、ガラス板の上に漆を薄くひき、固まったあとに剥がした漆を粉砕したものを漆器の表面に蒔きつける、乾漆(かんしつ)技法を用いています。
粉雪がけぶるように蒔かれた漆は、箸全体に微小の凹凸を加えて、すべり止め効果をもたらし、ざらりとした質感と相まって、見るひとに機能美を感じさせます。
つるつると食べにくい麺や、里芋のようなぬめりのある食材、何にでも対応可能な守備範囲の広さが、この箸の特徴です。
「落とさないように」と身体に余分な力を入れずに、安心して食べ物と向き合える快適さ。
無理のない箸使いは所作の美しさにつながり、おのずと背筋も伸びるよう。
皆と会話をしながら、食事を楽しむ余裕が生まれます。

暮らしのフォームを
整えてくれる箸
上質なものこそ、普段の暮らしで使いたい。
食べ物や衣類、身のまわりの品物に、できるだけ自然なものを選ぶひとが増えているいま、すべて天然素材で作られた、環境に優しい輪島塗製品への注目は高まっています。
かといって、いきなり高価な器を普段使いするのには、ためらいを感じる。
簡単には購入に踏み切れない。そんな声も同時に聞こえます。
毎日の食事で必ず使う実用品の箸なら、取り入れやすいかもしれません。
ふんわりと飯椀によそわれたご飯を、一口分ずつ箸先に取って口に運ぶ。
焼き魚の身を、丁寧に箸ではがす。
合理的で美しい箸使いでいただく日々の食事は、私たちの心身のみならず、暮らしを整える力を秘めているようです。
気がつくと週に三回は袖を通している服のように、一見地味でシンプルな、普段の暮らしに寄り添ってくれる「所作」。
田谷漆器店 漆器プロデューサーの田谷昂大も、子どもの頃から使い続けています。
持っていただければその良さがわかります。夫婦箸にもおすすめです。
