漆を塗り重ねていくように、
我が家の「ハレの日」を重ねていきます
年間を通して使える、
衣替えをするお重
漆器のお重やお弁当箱を、普段の生活で使った経験はおありでしょうか。
私(田谷昂大)は、漆器のお弁当箱というと小学生の頃の遠足を思い出します。
お昼になって輪島塗のお弁当箱の蓋をあけると、サンドイッチが入っていました。
普段はご飯とおかずの詰まったお弁当箱にサンドイッチが入っているなんて、とちょっと意外に思ったことを覚えています。
サンドイッチを口に運ぶと、しっとりと柔らかいパンの仄甘さと、ハムとマヨネーズの塩気。弁当箱は、すぐ空になりました。隣の友だちのサンドイッチを一つもらって食べてみたら、その違いに驚きました。パンがパサパサだったのです。
そんなことが何度か続き、幼かった私は「輪島塗のお弁当箱ってすごいんだな」と思うようになりました。

四枚の蓋から広がる、
様々な使い道
木製品の漆器は、温度と湿度を調節する性質を持ち、漆の抗菌作用とも合わさり、中に入れた食品を腐らせず、美味しさを長時間保ちます。けれども、残念なことに最近では、お重は普段の生活の中であまり使われなくなりました。こんなに便利な器を、使わずにいるなんてもったいない。
もっとお重に親しんでいただくには、どうしたらいいだろうかと考えて、私たちは季節に合わせて洋服を着替えるように、蓋を付け替えて衣替えをするお重を作りました。
一年中使用できるように、二段重「日本昔話」には伝統的な蒔絵の技法、研出蒔絵(とぎだしまきえ ※色漆を塗って金を蒔き、また同じ色漆を上から塗って研ぎ出すと、色の中からふわりと金が現れる技法)で、四季の自然と昔話の登場人物を組み合わせた文様をほどこした蓋を、四種類おつけしました。
春には満開の桜の下の花咲か爺さん、夏には赤富士を眺めるかぐや姫、秋には紅葉の舞うなかで鬼退治の作戦を練る桃太郎、冬にはかさ地蔵を拝むお爺さん。
艶やかな黒漆を背景に、浮き立つ色鮮やかな物語は、大人を童心に帰らせ、子どもたちを豊かなファンタジーの世界へ招きます。
もうひとつのお楽しみとして、お重をご購入くださった後に、4枚全ての蓋の裏にワンポイント絵柄をほどこしています。桃太郎の蓋の裏には赤鬼と青鬼の顔が入るなど、お重の文様と関連性をもたせた絵柄は、どのようなものがお手元に届くかをあえて事前にお知らせしていません。品物がお手元に届いて蓋を開けたときの驚きを心待ちにしてほしい、そういう思いがあるからです。
田谷家と蒔絵師(まきえし)の手により、デザインや色調に工夫を重ねた絵柄は、輪島塗の意匠に現代的なアレンジを加えて、可愛らしくポップに仕上げてあります。
小さなお子様が触っても痛くないように、お重の四隅はカンナで丸く削る「隅丸(すみまる)」の技法を使い、緩やかなアールをつけてあります。
古典的な文様の重箱を広げにくい運動会や野外の行楽などにも、この親しみやすいお重なら気軽にお持ちいただけるのではないでしょうか。

我が家の思い出が詰まったお重
「わあっ、花咲か爺さんだ。おばあちゃん、花咲か爺さんのお話、知ってる?」
「ええ。昔あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました。ある日お爺さんは川から流れてきた、……続きは何だったかしらね」
「僕がお話してあげようか」
食事が始まる前から、聞こえてくる賑やかな話し声。テーブルの中心に据えられた、二段重「日本昔話」を眺める家族の顔が、ほころんでいます。お重の蓋に描かれた蒔絵を見ながら談笑するうちに、和やかな空気が食卓に広がっていきます。
「幼稚園に入園してから、ずいぶんお喋りが上手くなったなあ」。
パパに褒められ、得意げに昔話を語る息子の横顔に赤ちゃん時代の面影は見当たらず、その代わりに、お祖母ちゃんの背中はあの頃よりも丸くなりました。
「ママ、早くきて。いただきます、するよ!」
「はぁい、今いきます」
皆でお重を囲むひとときは懐かしい記憶へ変わり、家族の思い出の詰められたお重と共に、親から子、子から孫へと受け継がれていくのでしょう。
